ブラック企業で働いて人生が詰みそうになった話

私はどこにでもある普通の家庭で生まれ育ちました。裕福ではないけど父と母は共働きで、年の離れた兄は私が中学卒業するころには結婚して自立していました(^^)

そんな、世間一般的に見ても普通の生活を送っていた私は、ごく当たり前に上京して働きたいと思っていました。生まれ育った町は田舎町で、収入面や遊びや娯楽の多さといった東京の良いイメージを抱いていたのです(*’▽’)

特に取り柄のない私は求人票を見ながら、ある言葉に引き付けられました。
「初心者大歓迎!プログラミングもイチからしっかり教えます!」
聞いたことのないIT関連の企業で、初任給も良く福利厚生もしっかりしていたので、すぐに履歴書を送りました。一週間もかからずに面接をしたいと採用担当から連絡が来ました。面接も和やかな雰囲気で、人となりを見定める場所というより、業務説明会のようで、その場で入社日や就業規則の説明もされました(^^)

今考えれば、おかしな話です((+_+))

入社してすぐに気付いたのは、プログラマとしての業務ではなく、営業としての業務をさせられているということ。
初任給の額や福利厚生は求人票通りでしたが、給料明細とは別に、会社に対する損益収支の明細を渡されました。
「今月はノルマの半分も満たなかったから、君を雇用している会社は損をしている。赤字を出しているんだよ君。わかる?」とその場で言われました。
私は社会人になって1か月です。言い訳ではありませんが、会社の期待する結果を出せないのは当たり前です。得意先への挨拶回りや研修すらなかったのですから、なおさらです。
働けば働くほど赤字は増えていきました。次第に私は自分がダメな人間だと思うようになり、家から出ることすら出来なくなりました。欠勤に対する罵詈雑言のメールや電話。しきりに鳴らされるチャイム。外に出るのが怖くてたまりませんでした。
それでも、働かなくても、家賃や光熱費は支払いは発生するもので、私はついに不動産会社から退去勧告をされ、消費者金融やサラ金のような業者からもお金を借りて、滞納した家賃や光熱費を支払い、実家へ逃げ帰りました(´;ω;`)

あれから3年が経ち、地元の小さな企業に就職することが出来たのですが、あの時に作ってしまった借金は今もまだ完済出来ずにいます(T_T)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする